序章 夢から醒めない 1
夢見るほど残酷なことはない。ラルフの体に絶え間なく襲い掛かる夢が、意識を忘却のかなたへと連れ去ろうとしている。
まだ遠くの方で、剣のぶつかり合う金属音が断続的に聞こえる。そこへ野太い怒号と悲鳴が混じり合い、より
しかし、それもまた、まるで柔らかな真綿に包まれ大切に守られているかのような、
意識がするりと体を抜けだし、音のほうへと引き寄せられていく。戻りたくはないと思い、しかし真綿に包まれた安らぎにはもう戻る事はできないと、身の内の誰かがささやいた。
その身に罪を刻め、と。
手の中には、血まみれの剣が一本。手のひらに押し付けられるその重みだけが、くっきりとはっきりと現実を見せ付ける。
――ああ……。
と、声にならぬ言葉だけが、喉から空気となってもれ出た。一体何を表した音であったのか、自分でも分からない。
今でも、これで人を切った感触が手から離れないでいる。しかし、すでに自分に切りかかってきた男の顔も思い出せなかった。
君を守りたいと願ったのはこういうことか。強くなるとは、誰かを傷つけることなのか。
祈りにも似た想いは、一瞬のうちに現実となって容赦なく襲い掛かる。それがいかに幼稚で浅はかな夢だったかと、愚かな自分に知らしめるために。
そうだ……、あれは夢だったのかもしれない。そう遠くない過去、やさしい記憶に触れる指先が、もう、夢へと落ち行く記憶をそこに留めておくことはできない。
――いかないでくれ。
悲しみが押し寄せる。孤独が自分自身をも内から切り崩す。
――俺を置いていかないで。
一人にはなりたくない。
自分も血を流している。背中から、頬から血が流れ出し地面に染み込んでいく。
肩で息をしながらその呼吸を全身に感じ、耳の奥で震える鼓動に耳を澄ませた。この一瞬だけでも、この身にとどまりたいとあがく事は許されないのか。
うつ伏せになり草の香りを嗅ぐ。
懐かしい蒼い香り。二人で永久を誓ったあの丘の香りだ。
愛しい人の髪の香り。
君を幸せにしたい、そう心から願った、遥か遠い祈り、約束。
――君は今どこに……。